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インフォグラフィックス ワークショップ 4 ”静岡” のお知らせ

infographics workshop 4 ”静岡”のお知らせ
静岡市にじっくり一泊滞在して、その土地に潜む「見えない力」を可視化する合宿ワークショプを開催します。グループワークで相互に学び合い、フィールド ワークで取材したことから、静岡市を分かりやすく、魅力的に図解するインフォグラフィックを創りだします。大学内施設にわいわいと「合宿」しながら、デザ インの思考とプロセスを学び合う場を楽しめる方を募集します。
●静岡市は、3,000mを超える南アルプスから日本最深の駿河湾に至る多様な自然の中、羽衣伝説を生んだ三保松原や富士山、駿河湾を望む日本平 など多くの名勝を誇る街です。また、お茶や静岡おでん、清水港のマグロ、桜えび、わさび、ホビー産業など幅広い一次、二次産業を有し、商業や行政の都市イ ンフラが集約されたコンパクトシティと言われています。ワークショップでは、この「静岡市の見えない力」の可視化に挑戦します。
●参加者は事前準備が必須です。
各自、自分なりの「見えない力」を20点調べ、さらにその中から3点について可視化するアイデアを、それぞれA4用紙1枚にまとめ持ち寄ってください。
講師側の判断で、相乗的に発展するであろう人同士のグループをつくり、フィールドワークを経て、最終的にグループでインフォグラフィックスを制作します。
メンバーとは当日初めて顔合わせをしますが、席に着いたら活発なディスカッションができるよう、十分な下調べや予備知識が必須です。静岡市の力の「通」になってください。
●「力」という形のないものを、どういう切り口でどう表現すると相手を引きつける形にできるか。きれいな仕上がりよりは「目の付けどころ」が発見できれば大成功です。
●フィールドワークは静岡市内を範囲内として関係者への取材を通して、「力」の実態をつかんでもらいます。
●仕上げは手描きで作成しますが、資料収集用などにコンピュータを持参しても構いません。
●各グループには記録とファシリテーションを担当する学生スタッフが同行します。
●講師・オブザーバー(予定):
木村博之(ブログ:tube_log /TUBE GRAPHICS・代表)
安武伸朗(ブログ:Yasutake info・design Lab /常葉学園大学造形学部・准教授)
小島健嗣(ブログ:kojicozyの散歩日和)
小林拓也(ブログ:ENJOY TOY AND DeSign /コナミデジタルエンタテインメント・デザインマネージャー)
●日時/会場
10月29日 静岡デザイン専門学校
9:00 受付開始
9:30 ①持ち寄った「静岡の見えないちから」の発表とグループ作り
10:00 ②グループディスカッション
11:00 ③フィールドワーク
16:00 ④シャッフルディスカッション
17:00 ⑤終了 夕食会後、宿泊先までバスで移動します
20:00 ⑥合宿会場(常葉学園研修センター)着。入浴後、グループ交流
10月30日 常葉学園大学3号館5階 3510室
8:30 ⑦グループ発表による共有
9:30 ⑧インフォグラフィック制作
12:30 ⑨発表
13:00 ⑩講評と振り返り
15:00 終了、解散
●お申し込み、お問い合わせ:「こくちーず」からお願いします。
●定員:25人(社会人優先)
●会費:社会人:4,000円、学生:1,500円/(宿泊代・消耗品代込み、食費は各自)
●宿泊:常葉学園研修センター
学生の合宿用宿泊施設です。2段ベッド、浴室、洗面室、食堂あり。
タオル、寝間着などはご用意ください。
●食事:30日の朝食、昼食は大学構内のコンビニをご利用下さい
●主催:
常葉学園大学造形学部・安武研究室
情報デザインフォーラム・コミュニケーションデザイン研究会(分科会)
●キャンセルポリシー:直前のキャンセルは他の応募者がエントリーできなくなるため、開始日の5日前までにお願いします。一人でも多くの方の学ぶ機会を望んでの対応ですのでご理解ください。
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インフォグラフィックス ワークショップ 4 ”静岡” のお知らせ
ジューンベリージャム Juneberry Jam 作りました。うまいうまい。
2011.6.5 Sunday

今日は朝からいい天気。自治会の活動の後、自宅のジューンベリーを収穫。
ヒヨドリが盛んについばんでいるので今日収穫しないと来週までもたない。

水洗いで茎や不純物を取り除き、

軽く水を切って、

鍋に移して弱火で煮る。

水を加えなくてもこんな風にジュースが出てくる。

このぐらいになったら砂糖(キビ砂糖)を加える。

キビ砂糖

甘さはお好みでね。わたしは甘さ抑えめ。

前回のときは折角つくったのにいまいち家族に人気がなかった。それは種だ。
ブルーベリーと違い、ここに見えるような結構大きめの種が口に残る。
今年は1工程増やし種を漉すことにした。
スプーンでメッシュに壁塗り職人のように押し付けならし、種と皮部分を取り除く。

すんばらしく美味しいジャムができた。これは自慢できる逸品。
ちょっと種が見えるけどこのぐらいは愛嬌。
あ、最後にレモン汁を加えるの忘れた。でも、すごーく美味い。
収穫から仕上がりまで1時間。簡単なのでぜひお試しあれ。
オレンジの皮を少し混ぜるともっと美味しいみたい。
なお、男の、素人の、順番も気にしない、他のガイドを全く参考にしない方法なので、
失敗してもわたしは責任を取りません。悪しからず(笑)
今日は朝からいい天気。自治会の活動の後、自宅のジューンベリーを収穫。
ヒヨドリが盛んについばんでいるので今日収穫しないと来週までもたない。
水洗いで茎や不純物を取り除き、
軽く水を切って、
鍋に移して弱火で煮る。
水を加えなくてもこんな風にジュースが出てくる。
このぐらいになったら砂糖(キビ砂糖)を加える。
キビ砂糖
甘さはお好みでね。わたしは甘さ抑えめ。
前回のときは折角つくったのにいまいち家族に人気がなかった。それは種だ。
ブルーベリーと違い、ここに見えるような結構大きめの種が口に残る。
今年は1工程増やし種を漉すことにした。
スプーンでメッシュに壁塗り職人のように押し付けならし、種と皮部分を取り除く。
すんばらしく美味しいジャムができた。これは自慢できる逸品。
ちょっと種が見えるけどこのぐらいは愛嬌。
あ、最後にレモン汁を加えるの忘れた。でも、すごーく美味い。
収穫から仕上がりまで1時間。簡単なのでぜひお試しあれ。
オレンジの皮を少し混ぜるともっと美味しいみたい。
なお、男の、素人の、順番も気にしない、他のガイドを全く参考にしない方法なので、
失敗してもわたしは責任を取りません。悪しからず(笑)
もうひとつの女川復興への動き「小さな復興プロジェクト」
2011.5.14 Sutarday

もうひとつの女川復興への動き(宮城県女川町←「おながわ」と読みます)
「小さな復興プロジェクト」
避難の次には生活です。町の復興にはまず自分が暮らしていくための収入が絶対です。
その小さな解決策を、仙台の家具工房を展開しているK designの工藤博さんと仙台を中心にマーケット創出や各種販売イベントの企画・運営をしているY.M.Oの湯浅輝樹さんが考え出してくれました。
名付けて「小さな復興プロジェクト」
女川の浦宿の空いている倉庫を提供してもらい、そこを拠点に女川の人の労働で、上のようなキーホルダーなどのグッズを作り、広く販売して行こうというものです。
5月6日から製作がスタートし、仙台での販売も決定しているとのことです。
こういう支援の形はスマートですね。募金と違って支援の形がこちらに残るのがいい。
企画者が説明会で、魚部分をギュッと握り、「踏ん張って行こう」と念じるときにちょうどいい形とも笑いながら言っていました。
優しく強く女川を応援してくれる行動力、とても嬉しいですね。
この浦宿の作業場は、私の同級生であり、マリンパル女川復興ダイレクト基金の代表でもある山田雅裕君が、床上浸水しながらも流されなかった倉庫を無償で提供しています。満潮時、倉庫の一部の床には万石浦から海水がひたひたと押し寄せて来る過酷な環境ですが、ここ女川で建物が残っているだけでもラッキーです。ここで生まれるのが魚の形のキーホルダーですから、笑ってしまうほどピッタリの環境です。小さいですが復興の一歩です。祝福してあげて下さい。
町のあちこちから小さい復興の狼煙が上がるといいな。
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「小さな復興プロジェクト」専用ブログ←この文字をクリック
●【最新ニュース】日々更新していますのでご覧ください。
● 上記ブログで「ONAGAWA FISH」が購入できます。
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下記の記事はは発足当初のものです。
【最新ニュース 5月27、28日の二日間】
「とうほく元気祭り」イベントに参加してonagawa fishを販売。製作スタッフも現地に来ますので、製品にまつわる秘話も聞けるかもしれません、ということです。
●開催場所:仙台、勾当台公園 いこいのゾーン ●開催時間:10:00~15:00
【最新ニュース 5月23日→24日】
女川町の同級生・山田からメールが来て、5/24(火)NHKの生放送決定したそうです 朝の連ドラの後のイノッチの全国放送で、たぶん9時過ぎだそうです。楽しみです。
→→〈残念〉NHK、女川町の「小さな復興プロジェクト」の生放送予定を急遽中止。
冠水する所からの生中継は社内規定に触れるということです。確かに作業倉庫のコンクリの床の半分は大潮の満潮時は冠水するが今日は小潮。満潮6:25。大潮の満潮の前後1時間以外は大丈夫。女川で倉庫があるだけでも奇跡なのに…。
【最新ニュース 5月19日】
ドバイから100個の大漁注文があったそうで、一生懸命仕上げ中とのことです。
新たに4人の製作スタッフが加わったそうで順調で嬉しい。
【女川関連ニュース】
■→マリンパル女川復興ダイレクト基金…個人レベルの募金のお願いです。
■→3.11 故郷・宮城県女川町を地震と大津波が襲った(東日本大震災)

もうひとつの女川復興への動き(宮城県女川町←「おながわ」と読みます)
「小さな復興プロジェクト」
避難の次には生活です。町の復興にはまず自分が暮らしていくための収入が絶対です。
その小さな解決策を、仙台の家具工房を展開しているK designの工藤博さんと仙台を中心にマーケット創出や各種販売イベントの企画・運営をしているY.M.Oの湯浅輝樹さんが考え出してくれました。
名付けて「小さな復興プロジェクト」
女川の浦宿の空いている倉庫を提供してもらい、そこを拠点に女川の人の労働で、上のようなキーホルダーなどのグッズを作り、広く販売して行こうというものです。
5月6日から製作がスタートし、仙台での販売も決定しているとのことです。
こういう支援の形はスマートですね。募金と違って支援の形がこちらに残るのがいい。
企画者が説明会で、魚部分をギュッと握り、「踏ん張って行こう」と念じるときにちょうどいい形とも笑いながら言っていました。
優しく強く女川を応援してくれる行動力、とても嬉しいですね。
この浦宿の作業場は、私の同級生であり、マリンパル女川復興ダイレクト基金の代表でもある山田雅裕君が、床上浸水しながらも流されなかった倉庫を無償で提供しています。満潮時、倉庫の一部の床には万石浦から海水がひたひたと押し寄せて来る過酷な環境ですが、ここ女川で建物が残っているだけでもラッキーです。ここで生まれるのが魚の形のキーホルダーですから、笑ってしまうほどピッタリの環境です。小さいですが復興の一歩です。祝福してあげて下さい。
町のあちこちから小さい復興の狼煙が上がるといいな。
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●【最新ニュース】日々更新していますのでご覧ください。
● 上記ブログで「ONAGAWA FISH」が購入できます。
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下記の記事はは発足当初のものです。
【最新ニュース 5月27、28日の二日間】
「とうほく元気祭り」イベントに参加してonagawa fishを販売。製作スタッフも現地に来ますので、製品にまつわる秘話も聞けるかもしれません、ということです。
●開催場所:仙台、勾当台公園 いこいのゾーン ●開催時間:10:00~15:00
【最新ニュース 5月23日→24日】
女川町の同級生・山田からメールが来て、5/24(火)NHKの生放送決定したそうです 朝の連ドラの後のイノッチの全国放送で、たぶん9時過ぎだそうです。楽しみです。
→→〈残念〉NHK、女川町の「小さな復興プロジェクト」の生放送予定を急遽中止。
冠水する所からの生中継は社内規定に触れるということです。確かに作業倉庫のコンクリの床の半分は大潮の満潮時は冠水するが今日は小潮。満潮6:25。大潮の満潮の前後1時間以外は大丈夫。女川で倉庫があるだけでも奇跡なのに…。
【最新ニュース 5月19日】
ドバイから100個の大漁注文があったそうで、一生懸命仕上げ中とのことです。
新たに4人の製作スタッフが加わったそうで順調で嬉しい。
【女川関連ニュース】
■→マリンパル女川復興ダイレクト基金…個人レベルの募金のお願いです。
■→3.11 故郷・宮城県女川町を地震と大津波が襲った(東日本大震災)
〈第7回情報デザインフォーラム開催のお知らせ〉テーマは「災害から身を守り、情報を伝えあうためのデザイン」
2011.4.26 Tuesday

■このフォーラムは、わたくし木村の実体験を元に企画したものです。
→3.11 故郷・宮城県女川町を地震と大津波が襲った(東日本大震災)
〈第7回 情報デザインフォーラムの概要〉
今回のテーマは
災害から身を守り、情報を伝えあうためのデザイン
ワークショップ、講演、ディスカッションという流れで「情報を伝えあうためのデザイン」を考えてみたいと思います。
3.11東日本大震災。地震、津波、原子力発電所の事故と、私たちは幾つもの災いの中にあり翻弄され続けています。
次の災害が襲ってきたときに、同じ不幸を再び繰り返さず、被害を軽減するために、私たちに何ができるでしょう。
目の前の出来事を情報に変えること、適切な情報を伝えること、そして情報を受けた側は取捨選択しながら正しく理解すること。
人間の側の意思伝達の流れは、水や電気と同じライフラインの一つです。
行動を左右する情報の力を巡って、何を、どう考え、どのように提供しなければならないか、ここにインフォグラフィックスが大きく関わります。
自分を守るだけでなく、他の人を守るには……
自治体や地域コミュニティ、企業、教育機関、家族が考えなければならないことが、今回のフォーラムを通して見えてくるのではないでしょうか。
なお、テーマ「災害から身を守り、情報を伝えあうためのデザイン」は、プロダクトを想定させる「災害から身を守るためのデザイン」ではなく、後半の「情報を伝えあうためのデザイン」が今回のキーワード。
奮ってご参加ください。(特にワークショップは20人限定ですので、お早目に申し込んでいただいた方がよいです。)
■テーマ:「災害から身を守り、情報を伝えあうためのデザイン」
■主催:情報デザインフォーラム・横浜デジタルアーツ専門学校情報デザイン研究室
■企画:コミュニケーションデザイン研究会
(主宰:木村博之/TUBE GRAPHICS、上平崇仁/専修大学)
■場所:横浜山手岩崎博物館ゲーテ座ホール

■日時:5月21日(土)12:00-19:00(開場11:30)
※ワークショップ参加者は11:50までに入館。
※一般参加者は第一部4の講演開始前の、14:35~14:45にお越しください。
■定員:一般50名(ワークショップ定員20名)+学生30名(ワークショップ定員10名)
■参加費〈一般参加者〉:2000円(※懇親会費含む)
〈ワークショップ参加者〉:3000円(※材料費、懇親会費含む)
〈学生〉:無料(ワークショップ参加は教員の推薦が必要)
※身近にフォーラム関係者がいない場合はお問い合わせ下さい。
■参加申込:「こくちーず」でお申し込みください。
■お問い合わせ:上記「こくちーず」経由でお願いします。
■Twitterハッシュタグ:#infodf
--------------------------------------------------------
■第一部:「災害から身を守り、情報を伝えあうためのデザイン」を考えるワークショップ[12:00-15:15]
1、開催の挨拶とテーマについて(木村、上平) 12:00-12:10(10分)
2、参加者によるグループワークショップ 12:10-14:10(120分)
3、共有とまとめ 14:10-14:35(25分)
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休憩 14:35-14:45(10分)
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4、講演: 原田 泰様(千葉工業大学・准教授/デザインコンパス代表)
「わかるための表現と伝えるための表現」14:45-15:15(30分)
---「情報を伝えあう」これまでの仕事の紹介/ワークショップのアウトプットを関連づけて---
--------------------------------------------------------
休憩 15:15-15:30(15分)
--------------------------------------------------------
■第二部: 基調講演[15:30-16:45]
1、講演: 中川憲造様(NDCグラフィックス代表)
「スマートグラフィックス」15:30-16:30(60分)
---美と知とたのしいを併せ持つデザイン---
2、質疑応答 16:30-16:45(15分)
--------------------------------------------------------
休憩 16:45-17:00(15分)
--------------------------------------------------------
■第三部: パネルセッション[17:00-19:00]
来場者同士のディスカッション、第一部のワークショップの作品展示と対話
(飲食提供)
〈パネルセッション参加予定者〉
中川憲造氏(NDCグラフィックス代表)
原田 泰氏(千葉工業大学・准教授/デザインコンパス代表)
浅野 智氏(横浜デジタルアーツ専門学校・教務部長)
上平崇仁氏(専修大学・准教授)
木村博之氏(チューブグラフィックス代表)
小島健嗣氏(富士フイルム)
島村隆一氏(リコー ・スペシャリスト)
山崎和彦氏(千葉工業大学・教授)
他
--------------------------------------------------------
■講演者プロフィール
■中川 憲造 氏(株式会社NDCグラフィックス代表)
1966 年大阪市立工芸高校図案科卒業後、高島屋宣伝部を経て、1973年ボルトナッツスタジオ設立。1975年日本デザインセンター入社。1994年、グラフィックデザインの分野をアイデンティティ・デザイン、インフォメーション・デザイン、プロモーション・デザイン、プロダクツ・グラフィックス、そしてエンバイロメンタル・グラフィックスを統合する「株式会社NDCグラフィックス」を日本デザインセンターと共同設立。万国橋SOKOに本拠を構え、多面的かつ総合的に横浜のブランディングに取り組んでいる。銀座カリーや神戸コロッケなどのパッケージ、横浜チョコレート「赤い靴」など、横浜ランドマークタワーや横浜赤レンガ倉庫などで販売するのグッズにとどまらす、神奈川新聞のリニューアル、バス路線マップなどの横浜の地図、企業広報誌などのダイアグラム・グラフ表現、国土交通省の標準案内図記号などのピクトグラムやサインなど、プリント媒体でも多角的にデザインディレクションする。人と人、人とモノ、人と環境のあいだにあるいろいろな問題をデザインによって解決する「気持ちのいい生活デザイン」がキャッチフレーズ。
■原田 泰 氏(千葉工業大学・准教授/株式会社デザインコンパス代表)
筑波大学芸術専門学群卒業後、凸版印刷、リクルートでセールスプロモーションや広告制作に携わる。筑波大学講師、多摩美術大学助教授を経て、株式会社デザインコンパスを設立。2008年4月から現職。グラフィックデザインを基盤とした情報デザイナーとして、実践・教育・研究を続けている。デジタル教材や Webコンテンツの企画・開発・インタフェースデザインの実践とともに、経験・知識の視覚化、情報の動的図解表現(DIG:Dramatic Info Graphics)、リアルタイムドキュメンテーション(ワークショップや会議の最中に、リアルタイムで記録をチャート式に記述してゆく手法)などの研究を進めている。
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※コミュニケーションデザイン研究会は情報デザインフォーラムの分科会です。
(主宰:木村博之/TUBE GRAPHICS、上平崇仁/専修大学)

5/21の情報デザインフォーラム終了
参加された皆様お疲れさまでした。
感想やリフレクション、ブログなどでご報告を下記までぜひお願いします。
つないで行きましょう。同じ不幸を繰り返さないために
→→→ご報告用専用メールアド
何人かの方がブロブにアップしています---更新していきます
●第七回情報デザインフォーラムに参加しました!(ありかなちゃん)
●第7回情報デザインフォーラムin横浜山手 報告(情報デザイン研究室)
●第7回 情報デザインフォーラムに参加 (DiG : dramatic info-graphics)
●情報デザインフォーラムに参加した(Design na Zoo)
●第7回情報デザインフォーラム(Maverick In Enterprise)
●第7回情報デザインフォーラムに行ってきたよ。[前編](kirehashi)
●第7回情報デザインフォーラムに行ってきたよ。[後編](kirehashi)
●中川憲造オフィスと情報デザインフォーラム](Smile Experience)
●第7回 情報デザインフォーラム(隣り合わせの灰と青春)
■このフォーラムは、わたくし木村の実体験を元に企画したものです。
→3.11 故郷・宮城県女川町を地震と大津波が襲った(東日本大震災)
〈第7回 情報デザインフォーラムの概要〉
今回のテーマは
災害から身を守り、情報を伝えあうためのデザイン
ワークショップ、講演、ディスカッションという流れで「情報を伝えあうためのデザイン」を考えてみたいと思います。
3.11東日本大震災。地震、津波、原子力発電所の事故と、私たちは幾つもの災いの中にあり翻弄され続けています。
次の災害が襲ってきたときに、同じ不幸を再び繰り返さず、被害を軽減するために、私たちに何ができるでしょう。
目の前の出来事を情報に変えること、適切な情報を伝えること、そして情報を受けた側は取捨選択しながら正しく理解すること。
人間の側の意思伝達の流れは、水や電気と同じライフラインの一つです。
行動を左右する情報の力を巡って、何を、どう考え、どのように提供しなければならないか、ここにインフォグラフィックスが大きく関わります。
自分を守るだけでなく、他の人を守るには……
自治体や地域コミュニティ、企業、教育機関、家族が考えなければならないことが、今回のフォーラムを通して見えてくるのではないでしょうか。
なお、テーマ「災害から身を守り、情報を伝えあうためのデザイン」は、プロダクトを想定させる「災害から身を守るためのデザイン」ではなく、後半の「情報を伝えあうためのデザイン」が今回のキーワード。
奮ってご参加ください。(特にワークショップは20人限定ですので、お早目に申し込んでいただいた方がよいです。)
■テーマ:「災害から身を守り、情報を伝えあうためのデザイン」
■主催:情報デザインフォーラム・横浜デジタルアーツ専門学校情報デザイン研究室
■企画:コミュニケーションデザイン研究会
(主宰:木村博之/TUBE GRAPHICS、上平崇仁/専修大学)
■場所:横浜山手岩崎博物館ゲーテ座ホール

■日時:5月21日(土)12:00-19:00(開場11:30)
※ワークショップ参加者は11:50までに入館。
※一般参加者は第一部4の講演開始前の、14:35~14:45にお越しください。
■定員:一般50名(ワークショップ定員20名)+学生30名(ワークショップ定員10名)
■参加費〈一般参加者〉:2000円(※懇親会費含む)
〈ワークショップ参加者〉:3000円(※材料費、懇親会費含む)
〈学生〉:無料(ワークショップ参加は教員の推薦が必要)
※身近にフォーラム関係者がいない場合はお問い合わせ下さい。
■参加申込:「こくちーず」でお申し込みください。
■お問い合わせ:上記「こくちーず」経由でお願いします。
■Twitterハッシュタグ:#infodf
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■第一部:「災害から身を守り、情報を伝えあうためのデザイン」を考えるワークショップ[12:00-15:15]
1、開催の挨拶とテーマについて(木村、上平) 12:00-12:10(10分)
2、参加者によるグループワークショップ 12:10-14:10(120分)
3、共有とまとめ 14:10-14:35(25分)
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休憩 14:35-14:45(10分)
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4、講演: 原田 泰様(千葉工業大学・准教授/デザインコンパス代表)
「わかるための表現と伝えるための表現」14:45-15:15(30分)
---「情報を伝えあう」これまでの仕事の紹介/ワークショップのアウトプットを関連づけて---
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休憩 15:15-15:30(15分)
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■第二部: 基調講演[15:30-16:45]
1、講演: 中川憲造様(NDCグラフィックス代表)
「スマートグラフィックス」15:30-16:30(60分)
---美と知とたのしいを併せ持つデザイン---
2、質疑応答 16:30-16:45(15分)
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休憩 16:45-17:00(15分)
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■第三部: パネルセッション[17:00-19:00]
来場者同士のディスカッション、第一部のワークショップの作品展示と対話
(飲食提供)
〈パネルセッション参加予定者〉
中川憲造氏(NDCグラフィックス代表)
原田 泰氏(千葉工業大学・准教授/デザインコンパス代表)
浅野 智氏(横浜デジタルアーツ専門学校・教務部長)
上平崇仁氏(専修大学・准教授)
木村博之氏(チューブグラフィックス代表)
小島健嗣氏(富士フイルム)
島村隆一氏(リコー ・スペシャリスト)
山崎和彦氏(千葉工業大学・教授)
他
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■講演者プロフィール
■中川 憲造 氏(株式会社NDCグラフィックス代表)
1966 年大阪市立工芸高校図案科卒業後、高島屋宣伝部を経て、1973年ボルトナッツスタジオ設立。1975年日本デザインセンター入社。1994年、グラフィックデザインの分野をアイデンティティ・デザイン、インフォメーション・デザイン、プロモーション・デザイン、プロダクツ・グラフィックス、そしてエンバイロメンタル・グラフィックスを統合する「株式会社NDCグラフィックス」を日本デザインセンターと共同設立。万国橋SOKOに本拠を構え、多面的かつ総合的に横浜のブランディングに取り組んでいる。銀座カリーや神戸コロッケなどのパッケージ、横浜チョコレート「赤い靴」など、横浜ランドマークタワーや横浜赤レンガ倉庫などで販売するのグッズにとどまらす、神奈川新聞のリニューアル、バス路線マップなどの横浜の地図、企業広報誌などのダイアグラム・グラフ表現、国土交通省の標準案内図記号などのピクトグラムやサインなど、プリント媒体でも多角的にデザインディレクションする。人と人、人とモノ、人と環境のあいだにあるいろいろな問題をデザインによって解決する「気持ちのいい生活デザイン」がキャッチフレーズ。
■原田 泰 氏(千葉工業大学・准教授/株式会社デザインコンパス代表)
筑波大学芸術専門学群卒業後、凸版印刷、リクルートでセールスプロモーションや広告制作に携わる。筑波大学講師、多摩美術大学助教授を経て、株式会社デザインコンパスを設立。2008年4月から現職。グラフィックデザインを基盤とした情報デザイナーとして、実践・教育・研究を続けている。デジタル教材や Webコンテンツの企画・開発・インタフェースデザインの実践とともに、経験・知識の視覚化、情報の動的図解表現(DIG:Dramatic Info Graphics)、リアルタイムドキュメンテーション(ワークショップや会議の最中に、リアルタイムで記録をチャート式に記述してゆく手法)などの研究を進めている。
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※コミュニケーションデザイン研究会は情報デザインフォーラムの分科会です。
(主宰:木村博之/TUBE GRAPHICS、上平崇仁/専修大学)
3.11 故郷・宮城県女川町を地震と大津波が襲った(東日本大震災)
2011.3.23 Wednesday の故郷・女川
大津波から10日ほど過ぎた数日間、故郷・宮城県女川町にいました。
それから一か月が過ぎ、やっとブログにアップする気になりました。(2011.4.24up)
写真と地図、リンク映像でまとめています。(2011.5.10 更新)
これからも女川を温かく応援していただけるとうれしいです。
写真1 左上の建物は丘の中腹に立つ女川町立病院。この一階まで津波は襲った。茶色のビル「マリンパル女川」のすぐ向こうに女川湾が広がる
3月23日に山形空港経由で女川入りし、数日故郷で過ごした。
女川の惨状はテレビで見るよりはるかに酷いもので、あまりにも知っている町と違いすぎ、町中を歩き回ってもピンと来ない。実家は土台だけで何も立ち上がっていない。倒れた電柱や道路の一部、他の家々の破壊された残骸などが覆いかぶさる。でも道路と土台をたよりに、玄関、部屋の間取り、テラス、倉庫のコンクリートの床、氏神さまの左右に植わっていた青木の枯れた姿などから、かつての実家の姿が簡単に想像できる。茶の間だったところに立って目を上げたとき、300メートル先に見えないはずの海が見えた。穏やかな海だった。この不思議な景色を見た瞬間、これまで出なかった涙が後から後から湧いてきて何も見えなくなった。
自衛隊の手で瓦礫が急ピッチで片付けられ、町全体が廃墟から更地になりつつある。でも今後どうなるのか…。宮城県は10年の復興計画を発表したが…あの姿を前には何も考えられないというのが本音。今後の街づくりは大きく変わらざるを得ないだろう。住まいは高台、商店や工場は低地などという住み分けが理想だろうが、それでなくても土地がない三陸海岸でそのような街づくりがはたしてできるのか。だが、明治から今回までのたった115年間に大きな津波に4度も襲われている事実を考えればもうこれを実現させるしかないだろう。
明治三陸(1896)では今回と同じような大きな被害があったはずだが、みんなそこまでは遡って考えられなかった。50年前に私が体験したチリ地震津波(1960)では1階の鴨居までの比較的緩やかな浸水だったので家は残った。女川駅の階段や南三陸町などには津波がココまで来たという看板が立っていて、それが何気ない風景の一部になってしまっていた。この被害の少なかったチリ地震津波を参考にすべきではなかった。このときの経験が安易に「2階に上がればいい」と安心させ、多くの人たちの命が奪われたのではないかと思う。実家は昔から平屋なので地震が来たらすぐ避難する徹底ぶりだった。
でも今回の揺れの強さから想像すると母はたまたま外出していたから助かったのだと思う。避難した高台の女川町立病院に、隣に住む若い人が足を波にすくわれながらびしょ濡れでなんとか逃げ上がってきたそうだ。足が地面につかなかったという。その話に母は、自宅にいたら私はダメだったろうと。津波は深夜過ぎまで何度も押し寄せ、いつもと同じ静けさを取り戻したのは翌日の日の出を迎えた頃だったという。それにしてもこの地震津波の発生が夜だったら犠牲者の数はさらに増えたと思う。
物資も朝と夕に届けられ食事も安定している。母は避難所に救援物資が入らない最初がとてもつらかったと振り返る。雪が降り寒く食べる物がほとんどない状況下で、持ち寄った僅かな食糧をみんなで分け合い、ピンポン球の半分程の小さいおにぎりや小さな容器に受けた僅かなおかゆを人差し指で口に注ぎ込んだぐらいだったという。
数年前、母たちはご詠歌仲間の4人で四国の八十八カ所参りをしたが、その時の2人を失った。今の緊張感が切れたときの母の落ち込みを考えるととても心が痛い。やはり仲間やご近所とともにあることが内側のものを修復するために何より必要。長くかかりそうだが仲間や家族がお互いを支えていればなんとかなると思う。強くそう思う。女川にいる間に、私も同級生を複数亡くしたことを知り遣り切れない気持ちだ。
こちらに戻る際、母はわたしの手をしっかり握り「わたしは幸せだあ」と涙した。

写真2 海側から見た木村家の玄関 (以降のすべての写真はクリックで拡大)

↑地図をクリックで拡大します
写真3 熊野神社から女川町を眼下に(2009.1.1撮影)…こんな町だったのに…
左下は標高16メートルの敷地に立つ女川病院。この敷地や1階でも多くの命が失われた
映像4 中央茶色のマリンパル女川の屋上に避難した人の映像→YOMIURI ONLINE
映像5 熊野神社に避難した人の、上の写真と同じアングルでの映像→You Tube
写真6 旧 女川消防署の上部のステップのすぐ下まで水が来た痕がある。映像4にこの様子が写っている。右上の建物は女川町立病院
写真7 鉄筋コンクリートの建物も根こそぎ倒れる
写真8 女川魚市場の桟橋からマリンパル女川を見る。映像4では茶色のマリンパルの2つの建物の間を夥しい量の破壊された家屋などが海に吸い込まれていく。言葉が出ない
写真9 女川で一番大きかったスーパーマーケット
写真10 女川病院と熊野神社を見上げる。16メートルの敷地に立つ女川病院の1階天井から50センチ下まで水がきたという。赤い車は消防車、水をかぶり放置されたまま
写真11 病院から駅方向を見る。何もない
写真12 女川共同ビルが警察前の国道398号線を塞ぐ。なぜここに女川ビルがあるのかは下の写真13で理解できる。
写真13 女川湾に面して立っていた3階建て鉄筋コンクリート造の女川ビル(正式名称:女川共同ビル/1967年完成)は、矢印のように郵便局方向に流され1階部分が潰れている。左の部分はどこへ (写真クリックで拡大)
写真14 女川町役場屋上から第一波がかなり引いたところを撮影したという写真を見ると、写真13で不明だった女川共同ビルの左半分が、公民館まで押し流され衝突し止まったようにみえる (写真クリックで拡大)
写真15 上の写真とほぼ同じアングル。押し寄せた水が引いている途中。津波の高さと水流の凄まじさに言葉が出ない (写真クリックで拡大)
写真16 女川町役場では屋上でやっと難を逃れた。だが自治体の中枢機能は失われ、女川が不気味な程ニュースに出なかった。写真14・写真15はこの屋上から撮影された
写真17 役場よりも1階分ほど低い土地に立つ女川生涯教育センター。5階の機械室に逃げた人たちの腰の辺りまで浸水した
写真18 かつての女川駅のロゴ…サンマがいい味出してたなー
写真18 女川駅の駅名由来
【 感謝 】
●事実認定のために多くの方々のご協力をいただきました。その中にはまだご家族が行方不明の方もいらっしゃいます。改めまして深く感謝申し上げます。
●女川を離れ、今私が暮らしている川崎市の地域コミュニティには「孫子の代まで誇れる街づくり」というモットーがあります。津波や地震などに対してのこれからの街づくり、子ども・孫の時代にも受け継がれる危険回避の方法、そのハードとソフトのどちらも早く確立することが求められます。「明治から今回までのたった115年間に大きな津波に4度も襲われている事実を考えれば…」と文章の中に記しました。安全で快適な生活ができるためには、「伝えあう/つなぐ」コミュニケーションが欠かせないと思います。この記事を通して少しでもお役にたてることができましたら幸いです。
●これからも女川に温かい応援をよろしくお願いいたします。
大津波から10日ほど過ぎた数日間、故郷・宮城県女川町にいました。
それから一か月が過ぎ、やっとブログにアップする気になりました。(2011.4.24up)
写真と地図、リンク映像でまとめています。(2011.5.10 更新)
これからも女川を温かく応援していただけるとうれしいです。
写真1 左上の建物は丘の中腹に立つ女川町立病院。この一階まで津波は襲った。茶色のビル「マリンパル女川」のすぐ向こうに女川湾が広がる3月23日に山形空港経由で女川入りし、数日故郷で過ごした。
女川の惨状はテレビで見るよりはるかに酷いもので、あまりにも知っている町と違いすぎ、町中を歩き回ってもピンと来ない。実家は土台だけで何も立ち上がっていない。倒れた電柱や道路の一部、他の家々の破壊された残骸などが覆いかぶさる。でも道路と土台をたよりに、玄関、部屋の間取り、テラス、倉庫のコンクリートの床、氏神さまの左右に植わっていた青木の枯れた姿などから、かつての実家の姿が簡単に想像できる。茶の間だったところに立って目を上げたとき、300メートル先に見えないはずの海が見えた。穏やかな海だった。この不思議な景色を見た瞬間、これまで出なかった涙が後から後から湧いてきて何も見えなくなった。
自衛隊の手で瓦礫が急ピッチで片付けられ、町全体が廃墟から更地になりつつある。でも今後どうなるのか…。宮城県は10年の復興計画を発表したが…あの姿を前には何も考えられないというのが本音。今後の街づくりは大きく変わらざるを得ないだろう。住まいは高台、商店や工場は低地などという住み分けが理想だろうが、それでなくても土地がない三陸海岸でそのような街づくりがはたしてできるのか。だが、明治から今回までのたった115年間に大きな津波に4度も襲われている事実を考えればもうこれを実現させるしかないだろう。
明治三陸(1896)では今回と同じような大きな被害があったはずだが、みんなそこまでは遡って考えられなかった。50年前に私が体験したチリ地震津波(1960)では1階の鴨居までの比較的緩やかな浸水だったので家は残った。女川駅の階段や南三陸町などには津波がココまで来たという看板が立っていて、それが何気ない風景の一部になってしまっていた。この被害の少なかったチリ地震津波を参考にすべきではなかった。このときの経験が安易に「2階に上がればいい」と安心させ、多くの人たちの命が奪われたのではないかと思う。実家は昔から平屋なので地震が来たらすぐ避難する徹底ぶりだった。
でも今回の揺れの強さから想像すると母はたまたま外出していたから助かったのだと思う。避難した高台の女川町立病院に、隣に住む若い人が足を波にすくわれながらびしょ濡れでなんとか逃げ上がってきたそうだ。足が地面につかなかったという。その話に母は、自宅にいたら私はダメだったろうと。津波は深夜過ぎまで何度も押し寄せ、いつもと同じ静けさを取り戻したのは翌日の日の出を迎えた頃だったという。それにしてもこの地震津波の発生が夜だったら犠牲者の数はさらに増えたと思う。
物資も朝と夕に届けられ食事も安定している。母は避難所に救援物資が入らない最初がとてもつらかったと振り返る。雪が降り寒く食べる物がほとんどない状況下で、持ち寄った僅かな食糧をみんなで分け合い、ピンポン球の半分程の小さいおにぎりや小さな容器に受けた僅かなおかゆを人差し指で口に注ぎ込んだぐらいだったという。
数年前、母たちはご詠歌仲間の4人で四国の八十八カ所参りをしたが、その時の2人を失った。今の緊張感が切れたときの母の落ち込みを考えるととても心が痛い。やはり仲間やご近所とともにあることが内側のものを修復するために何より必要。長くかかりそうだが仲間や家族がお互いを支えていればなんとかなると思う。強くそう思う。女川にいる間に、私も同級生を複数亡くしたことを知り遣り切れない気持ちだ。
こちらに戻る際、母はわたしの手をしっかり握り「わたしは幸せだあ」と涙した。

写真2 海側から見た木村家の玄関 (以降のすべての写真はクリックで拡大)

↑地図をクリックで拡大します
写真3 熊野神社から女川町を眼下に(2009.1.1撮影)…こんな町だったのに…左下は標高16メートルの敷地に立つ女川病院。この敷地や1階でも多くの命が失われた
映像4 中央茶色のマリンパル女川の屋上に避難した人の映像→YOMIURI ONLINE
映像5 熊野神社に避難した人の、上の写真と同じアングルでの映像→You Tube
写真6 旧 女川消防署の上部のステップのすぐ下まで水が来た痕がある。映像4にこの様子が写っている。右上の建物は女川町立病院
写真7 鉄筋コンクリートの建物も根こそぎ倒れる
写真9 女川で一番大きかったスーパーマーケット
写真10 女川病院と熊野神社を見上げる。16メートルの敷地に立つ女川病院の1階天井から50センチ下まで水がきたという。赤い車は消防車、水をかぶり放置されたまま
写真11 病院から駅方向を見る。何もない
写真12 女川共同ビルが警察前の国道398号線を塞ぐ。なぜここに女川ビルがあるのかは下の写真13で理解できる。
写真13 女川湾に面して立っていた3階建て鉄筋コンクリート造の女川ビル(正式名称:女川共同ビル/1967年完成)は、矢印のように郵便局方向に流され1階部分が潰れている。左の部分はどこへ (写真クリックで拡大)
写真14 女川町役場屋上から第一波がかなり引いたところを撮影したという写真を見ると、写真13で不明だった女川共同ビルの左半分が、公民館まで押し流され衝突し止まったようにみえる (写真クリックで拡大)
写真15 上の写真とほぼ同じアングル。押し寄せた水が引いている途中。津波の高さと水流の凄まじさに言葉が出ない (写真クリックで拡大)
写真16 女川町役場では屋上でやっと難を逃れた。だが自治体の中枢機能は失われ、女川が不気味な程ニュースに出なかった。写真14・写真15はこの屋上から撮影された
写真17 役場よりも1階分ほど低い土地に立つ女川生涯教育センター。5階の機械室に逃げた人たちの腰の辺りまで浸水した
写真18 かつての女川駅のロゴ…サンマがいい味出してたなー
写真18 女川駅の駅名由来【 感謝 】
●事実認定のために多くの方々のご協力をいただきました。その中にはまだご家族が行方不明の方もいらっしゃいます。改めまして深く感謝申し上げます。
●女川を離れ、今私が暮らしている川崎市の地域コミュニティには「孫子の代まで誇れる街づくり」というモットーがあります。津波や地震などに対してのこれからの街づくり、子ども・孫の時代にも受け継がれる危険回避の方法、そのハードとソフトのどちらも早く確立することが求められます。「明治から今回までのたった115年間に大きな津波に4度も襲われている事実を考えれば…」と文章の中に記しました。安全で快適な生活ができるためには、「伝えあう/つなぐ」コミュニケーションが欠かせないと思います。この記事を通して少しでもお役にたてることができましたら幸いです。
●これからも女川に温かい応援をよろしくお願いいたします。
宮城県女川町「マリンパル女川 復興ダイレクト基金」 個人レベルの募金のお願い
2011.4.10 Sunday →2011.5.25追記あり、2011.7.11ご報告あり

マリンパルの外見は一見無事のようだが近づくとかなりのダメージ。建物同士をつないでいたブリッジも消失。復興へ対して一番の問題は、1m以上の地盤沈下のため大潮の満潮時には冠水してしまうこと。護岸工事、早く始まらないかなー。
屋上で鯉のぼりが元気に泳いでいました(2011.5.4撮影)
「マリンパル女川復興ダイレクト基金」(宮城県女川町)
「個人レベルの募金」のお願い
基金の代表の山田雅裕は私の同級生(昭和31年生まれ)で、これまでも秋刀魚まつりや駅前の年末年始の照明など女川の観光イベントのリーダー的存在で町を引っ張ってきました。女川は水産と観光の町。マリンパル女川はそのシンボル。彼はここから復興の第一歩を踏み出したいと動き始めました。
家が津波で流され、家族と共に避難所で不自由な生活をしながらも、「もうそろそろ避難の次の行動を起こさないといけない。待っていてもダメ、自分で動かなくては何も始まらない。」と山田は言います。
女川は水産と観光で食べて行くしかありません。サンマ・サバ・イワシ・銀鮭・タラなどの魚、ウニ・ホタテ・牡蠣・ほや、ワカメ・めかぶなどを穫る人たち、それを笹かまぼこや秋刀魚の開きなどに加工する人たち、運搬する人たち、そして販売する人たちなど、数多くの雇用が生まれます。
大規模な窓口の義援金ではない、個人レベルの、すぐに、誰に、何に役立っているのかが明確に分かる、皆さまからのご支援が必要です。「マリンパル女川復興ダイレクト基金」もこうして生まれました。よろしくお願いいたします。
マリンパル女川のホームページを作っていた方も罹災され、現在更新できない状況にあり、また現地にPC環境がない状況ですので、私が暫定的に「マリンパル女川復興ダイレクト基金」をお願いするホームページをつくり、ブログ、ツイッターなどで広報し少しでも女川の役に立ちたいと思います。
(TUBE GRAPHICS 木村博之/宮城県女川町出身)

どちらが床で天井なのか一瞬分からない状態です。よく見ると天井から蛍光灯や店の看板が下がっています。泥を掻き出したり少しずつ片付けているのですがなかなか大変です(2011.5.4撮影)
下記は、応援メッセージやご感想、ご質問、ご意見をお寄せいただくための専用メールです。お振り込みいただくときにはぜひ一言おねがいします。(2011.4.10)
onagawa@tubegraphics.co.jp(←専用メールです)
-----------------------------------------
郵便局 ←郵便局の口座からだと振込料が無料なので新設しました。
お振込先:
記号:022504 番号:109997
受取人名(名義):
マリンパル復興ダイレクト基金
(マリンパルフツコウダイレクトキキン)
※郵便局の口座から郵便局の口座への振替手数料は無料(月5回まで)です。本来の記号番号は「02250-4-109997」ですが、上記の「記号:022504 番号:109997」の割当で問題ありません。
-----------------------------------------
銀行
お振込先:
七十七銀行 六丁目支店 (普通) 5331692
シチジュウシチギンコウ ロクチョウメシテン
受取人名(口座名):
マリンパルオナガワフツコウダイレクトキキン
※ATMなどで銀行の取扱時間内にお振込されるとき、案内に従い、「銀行名」→「支店名」→「口座番号」を入力すると自動的に上記の「受取人名」が表示されます。なお、ネットバンクの取扱時間以外でのお振込では「受取人名(振込先名義)」が自動的に表示されない場合があります。
※代表者名を含む漢字の口座名「マリンパル女川復興ダイレクト基金 代表山田雅裕」
-----------------------------------------
【女川関連ニュース】
■→3.11 故郷・宮城県女川町を地震と大津波が襲った(東日本大震災)
宮城県女川町公式ホームページ
皆さま、女川町に温かいご支援をよろしくお願いいたします。
-----------------------------------------
ブログなどのリンクでご支援いただけるようにバナーを作りました。
コピーペーストをお願いします。縦240×横340ピクセルです。

リンク先は下記です。よろしくお願いいたします。
http://cottostreet.blog.so-net.ne.jp/2011-04-10
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マリンパルの外見は一見無事のようだが近づくとかなりのダメージ。建物同士をつないでいたブリッジも消失。復興へ対して一番の問題は、1m以上の地盤沈下のため大潮の満潮時には冠水してしまうこと。護岸工事、早く始まらないかなー。
屋上で鯉のぼりが元気に泳いでいました(2011.5.4撮影)
「マリンパル女川復興ダイレクト基金」(宮城県女川町)
「個人レベルの募金」のお願い
基金の代表の山田雅裕は私の同級生(昭和31年生まれ)で、これまでも秋刀魚まつりや駅前の年末年始の照明など女川の観光イベントのリーダー的存在で町を引っ張ってきました。女川は水産と観光の町。マリンパル女川はそのシンボル。彼はここから復興の第一歩を踏み出したいと動き始めました。
家が津波で流され、家族と共に避難所で不自由な生活をしながらも、「もうそろそろ避難の次の行動を起こさないといけない。待っていてもダメ、自分で動かなくては何も始まらない。」と山田は言います。
女川は水産と観光で食べて行くしかありません。サンマ・サバ・イワシ・銀鮭・タラなどの魚、ウニ・ホタテ・牡蠣・ほや、ワカメ・めかぶなどを穫る人たち、それを笹かまぼこや秋刀魚の開きなどに加工する人たち、運搬する人たち、そして販売する人たちなど、数多くの雇用が生まれます。
大規模な窓口の義援金ではない、個人レベルの、すぐに、誰に、何に役立っているのかが明確に分かる、皆さまからのご支援が必要です。「マリンパル女川復興ダイレクト基金」もこうして生まれました。よろしくお願いいたします。
マリンパル女川のホームページを作っていた方も罹災され、現在更新できない状況にあり、また現地にPC環境がない状況ですので、私が暫定的に「マリンパル女川復興ダイレクト基金」をお願いするホームページをつくり、ブログ、ツイッターなどで広報し少しでも女川の役に立ちたいと思います。
(TUBE GRAPHICS 木村博之/宮城県女川町出身)
(2011.5.25追記)
護岸工事や市場の整備が始まらないと何とも動きがとれないのがもどかしい。
でも待っているだけでなく今出来ること、つまり仙台などに出かけて行って、都市部でのイベント会場などで、女川の水産をアピールしすることが、観光と水産の町・女川にいま絶対必要です。
そのために皆さまからいただいたご支援金を使わせていただきたいと、理事長の山田がリーダーシップを発揮し、4月10日にダイレクト基金を立ち上げご支援のお願いを始めたのですが、約1ヶ月経った先日の5月15日にマリンパル女川・おさかな市場の組合員で再び話し合い、下記のように少々軌道修正したようです。
マリンパルの会議をしました。意見が沢山出ました。
結論として、皆さんからお寄せいただいている支援金はすぐ使ってしまわないで大切に貯め、マリンパル女川の建物を整備するときに町に寄付するか、マリンパル女川関連の何かを作るなどのときに使わせていただくほうが良いのではという事になりました。
通常の募金だと使用目的がはっきりしないものですが、マリンパル女川ダイレクト基金は、マリンパル女川のため、女川の水産業のためという当初からの目的と変わりません。マリンパル女川ダイレクト基金は、マリンパルからスタートしますが町全体の復興に大きく役立つものと考えています。
これからもマリンパル女川ダイレクト基金に、皆様の温かいご支援をよろしくお願いいたします。山田
(2011.7.11ご報告)
ご支援いただいている皆様にご報告いたします。
【お振込件数:累計15件、合計金額:累計322,000円 (2011.5.27現在)】
【お振込件数:累計22件、合計金額:累計443,000円 (2011.7.11現在)】
ありがとうございます。近いうちにまたご報告させていただきます。
どちらが床で天井なのか一瞬分からない状態です。よく見ると天井から蛍光灯や店の看板が下がっています。泥を掻き出したり少しずつ片付けているのですがなかなか大変です(2011.5.4撮影)
下記は、応援メッセージやご感想、ご質問、ご意見をお寄せいただくための専用メールです。お振り込みいただくときにはぜひ一言おねがいします。(2011.4.10)
onagawa@tubegraphics.co.jp(←専用メールです)
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郵便局 ←郵便局の口座からだと振込料が無料なので新設しました。
お振込先:
記号:022504 番号:109997
受取人名(名義):
マリンパル復興ダイレクト基金
(マリンパルフツコウダイレクトキキン)
※郵便局の口座から郵便局の口座への振替手数料は無料(月5回まで)です。本来の記号番号は「02250-4-109997」ですが、上記の「記号:022504 番号:109997」の割当で問題ありません。
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銀行
お振込先:
七十七銀行 六丁目支店 (普通) 5331692
シチジュウシチギンコウ ロクチョウメシテン
受取人名(口座名):
マリンパルオナガワフツコウダイレクトキキン
※ATMなどで銀行の取扱時間内にお振込されるとき、案内に従い、「銀行名」→「支店名」→「口座番号」を入力すると自動的に上記の「受取人名」が表示されます。なお、ネットバンクの取扱時間以外でのお振込では「受取人名(振込先名義)」が自動的に表示されない場合があります。
※代表者名を含む漢字の口座名「マリンパル女川復興ダイレクト基金 代表山田雅裕」
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【女川関連ニュース】
■→3.11 故郷・宮城県女川町を地震と大津波が襲った(東日本大震災)
宮城県女川町公式ホームページ
皆さま、女川町に温かいご支援をよろしくお願いいたします。
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コピーペーストをお願いします。縦240×横340ピクセルです。

リンク先は下記です。よろしくお願いいたします。
http://cottostreet.blog.so-net.ne.jp/2011-04-10
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多摩美術大学で「インフォグラフィックスと情報デザイン」の特別講義しました。
2010.11.26 Friday のこと
多摩美で「インフォグラフィックスと情報デザイン」の特別講義をしてきました。
11月26日(金)16時20分〜レクチャーホールB。
大きさも、一番後ろの顔もしっかりと見える、とても気持ちのいい階段教室でした。

伊東豊雄さん設計の図書館は、秋色に染まる昼の姿もいいけど夜の方が味わい深い。

26日の木村と翌27日の中村勇吾さんの連続講義の連作のポスターが学内のあちこちに貼られていました。とてもリキが入っています。流石ですね。
---------------

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上の2つの図は講義で使ったスライドをちょっとバージョンアップしてみました。
しかし、1時間30分の講義ではやはり概要+αぐらいしかしゃべれませんね。
ワークショップ式の授業好きの私としては、もっと深く一緒に考えたいんだが…。

ポスターだけでなく食堂のメニューのガラスケースの上にはこんなPOPが。これが目に焼き付いていたらしく当日の私の服は下のようにほぼ同じ。刷り込み効果か?

ポスターとポップを作ってくれた磯君、山崎さん、櫻井さん、村松さん、鵜澤さんに、またご指導の宮崎先生と吉橋先生に、それから私の特別講義や麹町ワークショップ、『インフォグラフィックス』の本を積極的に広報してくれている@yuipyongこと山口さんに感謝。
---------------
今回、都合がつかなかった方にお知らせ。
2010.11.29に品川区の産業技術大学院大学でしゃべります。無料です。
まだ若干席に余裕があると思います。
詳しくは http://aiit.ac.jp/img/aiit/101028.pdf
多摩美で「インフォグラフィックスと情報デザイン」の特別講義をしてきました。
11月26日(金)16時20分〜レクチャーホールB。
大きさも、一番後ろの顔もしっかりと見える、とても気持ちのいい階段教室でした。

伊東豊雄さん設計の図書館は、秋色に染まる昼の姿もいいけど夜の方が味わい深い。

26日の木村と翌27日の中村勇吾さんの連続講義の連作のポスターが学内のあちこちに貼られていました。とてもリキが入っています。流石ですね。
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上の2つの図は講義で使ったスライドをちょっとバージョンアップしてみました。
しかし、1時間30分の講義ではやはり概要+αぐらいしかしゃべれませんね。
ワークショップ式の授業好きの私としては、もっと深く一緒に考えたいんだが…。

ポスターだけでなく食堂のメニューのガラスケースの上にはこんなPOPが。これが目に焼き付いていたらしく当日の私の服は下のようにほぼ同じ。刷り込み効果か?

ポスターとポップを作ってくれた磯君、山崎さん、櫻井さん、村松さん、鵜澤さんに、またご指導の宮崎先生と吉橋先生に、それから私の特別講義や麹町ワークショップ、『インフォグラフィックス』の本を積極的に広報してくれている@yuipyongこと山口さんに感謝。
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今回、都合がつかなかった方にお知らせ。
2010.11.29に品川区の産業技術大学院大学でしゃべります。無料です。
まだ若干席に余裕があると思います。
詳しくは http://aiit.ac.jp/img/aiit/101028.pdf
多摩美で連日の情報デザイン「特別講義」11/26は木村博之、翌日は中村勇吾さん
2010.11.18 Thursday
来週、多摩美術大学で特別講義をします。情報デザイン学科の主催です。

11/26(金)は木村博之、翌11/27(土)は中村勇吾さんと続くので、学生さんたちが面白い連作ポスターとポップを作ってくれました。
ポスターは大学内の食堂の入口や柱などに、POPはメニューの上に置かれているよう。
木村は「ナスのグラタン、いかがですかー」と言っているようですね。
皆さんの力作に腹をかかえて笑いました。ありがとう!とっても嬉しい。
中村勇吾さん(@yugop)にツイートしたら、「こ、これは・・・恥ずかしい・・・。」とのご返事(笑)






特別講義 木村博之「インフォグラフィックスと情報デザイン」
11月26日(金)16時20分〜 レクチャーホールB
特別講義 中村勇吾「インタラクションと情報デザイン」
11月27日(土)13時30分〜 本部棟3F 大会議室
来週、多摩美術大学で特別講義をします。情報デザイン学科の主催です。

11/26(金)は木村博之、翌11/27(土)は中村勇吾さんと続くので、学生さんたちが面白い連作ポスターとポップを作ってくれました。
ポスターは大学内の食堂の入口や柱などに、POPはメニューの上に置かれているよう。
木村は「ナスのグラタン、いかがですかー」と言っているようですね。
皆さんの力作に腹をかかえて笑いました。ありがとう!とっても嬉しい。
中村勇吾さん(@yugop)にツイートしたら、「こ、これは・・・恥ずかしい・・・。」とのご返事(笑)






特別講義 木村博之「インフォグラフィックスと情報デザイン」
11月26日(金)16時20分〜 レクチャーホールB
特別講義 中村勇吾「インタラクションと情報デザイン」
11月27日(土)13時30分〜 本部棟3F 大会議室
寒い雨の西千葉、千葉大学南門。懐かしい人も多いはず。
『インフォグラフィックス』書評、10月25日に3メディアに同時掲載。ビックリ!
2010.10.25 Monday に遡って

10月25日はとても幸せに感じる日でした。
京都大学の鎌田浩毅さんが、経済誌「PRESIDENT誌」に書評寄せてくださいました。
鎌田先生の掲載は予告されていたのですが、さらに、GIS専門誌の「GIS NEXT誌」、デザイン誌AXISのWeb版「AXIS jiku」にも掲載されびっくりしました。
……遅ればせながら感謝
下に各誌を掲載させていただきます。

「プレジデント誌」 (↑の画像をクリックすると拡大します)
プレジデントロイター > 「一流社員が読む本」に11月17から掲載されまています。

「GIS NEXT誌」 (↑の画像をクリックすると拡大します)

(↑の画像をクリックすると拡大します)
「AXIS jiku」
→本づくし・新刊案内(リンク)
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10月25日はとても幸せに感じる日でした。
京都大学の鎌田浩毅さんが、経済誌「PRESIDENT誌」に書評寄せてくださいました。
鎌田先生の掲載は予告されていたのですが、さらに、GIS専門誌の「GIS NEXT誌」、デザイン誌AXISのWeb版「AXIS jiku」にも掲載されびっくりしました。
……遅ればせながら感謝
下に各誌を掲載させていただきます。

「プレジデント誌」 (↑の画像をクリックすると拡大します)
プレジデントロイター > 「一流社員が読む本」に11月17から掲載されまています。

「GIS NEXT誌」 (↑の画像をクリックすると拡大します)

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「AXIS jiku」
→本づくし・新刊案内(リンク)
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